遺伝学的検査の現状と展望

ここ30年間を振り返ると、眼疾患の遺伝的バックグラウンドの知見は飛躍的に進歩した。 全く原因不明の難病だったのが、遺伝学的検査によってその原因を究明できるようになってきている。 重篤な視覚障害をきたすレーバー先天盲を例にあげると、半数以上の患者の疾患原因と考えられるバリアントを究明できるようになった。 2000年にヒトゲノムが明らかにされてからわずか20年、次世代シークエンサーの登場によって、 数十万円ですべてのゲノムを検索できるのは驚くべきことである。今後は先生方が、 バリアントについての検査結果を持ってきた患者の相談を受けることが増えていくと予想される。

遺伝学的検査のメリットとしては、予後がある程度わかること、遺伝相談に役立つこと、まだごく一部であるが、 遺伝子治療の可能性があること、研究面では、疾患メカニズムを知ることによって治療法の開発に役立つ可能性があることが挙げられる。

一方で、遺伝学的検査の問題点として、大きく2つが挙げられる。それは親族への影響と、 Incidental finding/Secondary findings(IS/SF:偶発的に知りえた患者の生命に関わるような予期しない遺伝子異常の情報)である。 クライアントが遺伝子検査をして原因遺伝子が同定された場合、家系の他のメンバーにとっても重要であることは言うまでもない。 限られた遺伝子のみを検査すればIS/SFは問題にならないが、たくさんの遺伝子を検査すればその可能性が増加する。 網膜ジストロフィの原因究明のための全エクソーム解析によって、 バルデー・ビードル(Bardet Biedl)症候群やジュベール(Joubert)症候群と診断することがある。 現状では、ACMG(American College of Medical Genetics and Genomics)のガイドラインを参考にすることが多い。 このガイドラインでは、「患者に告げることを推奨する遺伝子」と「そうでないもの」を挙げている。 IF/SFについて欧米でもわが国でもコンセンサスがまだ形成されているわけではないが、今後議論が進んでいくと考える。

この20年間のベクター改良の研究は膨大であり、いろいろなウイルスの臨床応用の可能性が検討されてきた。 他の臓器へのウイルスベクターの拡散が血液網膜関門によって限定的であること、網膜は最終分化した細胞で構成されているため、 宿主遺伝子(染色体)への統合(integration)が容易に起こらないことは、他の臓器に比べて扱いやすいといえる。 発現ベクターが染色体に統合されるのか、そうでないのかは安全性を考える上で重要な問題と考える。

過去最高薬価(1憶6707万7222円)で保険収載された脊髄性筋萎縮症に対するゾルゲンスマ®は、 正常なSMN遺伝子が組み込まれたアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターで、核内に独立した環状DNA(エピゾーム)として存在すると言われている。 欧米では幅広い疾患への治療を目指して、ウイルスベクターの改良、臨床応用がおこなわれて来た。 網膜ジストロフィは、対象疾患の患者数が少ないが、こうした追い風もあってベクターの安全性が向上し、治療に向けて、cell line、 マウス等の小型動物、さらにイヌ等の大型動物で試され、臨床治験と続いてきた。RPE65遺伝子異常によるレーバー先天盲や、 RPGR遺伝子異常による網膜色素変性に対して、欧米ではAAVベクターを用いた臨床治験が進行している。 特に小児患者の効果は比較的大きく、視力が向上し、網膜電図が改善する症例もある。 こうした遺伝子治療には正確な遺伝学的検査が必要であり、検査のガイドラインの作成、検査の実施体制の整備、 保険収載に向けた取り組みが進行中である。

(堀田 喜裕)